上演曲目のあらすじ
上演順
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( 解説・山本 東次郎師 ) 
棒縛(ぼうしばり)   ☆ 小名狂言「棒縛」の一場面。

用があって外出する主人は、太郎冠者・次郎冠者の召し使い二人に留守を言い付けます。しかし、二人は留守をするといつも酒を盗んで飲む悪い癖があるので、主人は一計を案じ、太郎冠者は後ろに手を縛り上げ、次郎冠者は長い棒に両手を括り付けてしまいます。不自由な身の上になってもやはり酒を飲みたいもの、酒蔵の戸を開けた二人は目の前の酒壺を見て大喜びし、苦心惨憺しながら、縛られた手でお互いに酒を飲ませ合い、上機嫌になった二人は、飲めや謡えやの酒盛りを始めます。その真最中に戻って来た主人は、賑やかな酒宴を見つけて腹を立て、そっと背後から忍び寄り、二人を打ち捉えようとします。二人は慌てて逃げ出します。
人間は本来、どのような逆境にあってもそれに甘んずることなく、知恵を働かせ、骨折り苦心して、それを乗り越えていこうとするタフな生き物です。人間の愚かしさを余すところなく描く狂言は美談を好みませんのでここでは両手が不自由になった二人のする苦労は「酒を飲むため」ですし、働かせるのは「悪知恵」ですが、自分の求めるものに向かって突き進んでいく姿は、力強く陽気で爽快です。

福の神(ふくのかみ)   ☆ 脇狂言

毎年大晦日の夜に「福の神」(狂言では「福天」と呼んでいます)の神前で年籠りをするという二人の信者、今年も誘い合わせて参詣しました。時刻も過ぎて豆を囃す頃となり「福は内」[鬼は外」と囃します。「鬼は外」は行く年の邪気を払い、「福は内」は迎える春への祈りです。すると二人の前に高笑いをしながら「福の神」が姿を現しました。そして供えられた酒を日本大小の神祇、特には松尾の明神へ捧げ、二人の参詣人に楽しくなるのは金銀米銭の力ではなく心の持ち方だと説き、早起き・慈悲心・隣人愛・夫婦愛を奨励し、最後に我々神達に酒を捧げれば楽しくしないわけにはいかないだろうと高笑いして終わります。
 人間は楽しい時嬉しい時だけでなく、時には悲しい時苦しい時にも笑うことがあります。また嘲笑も苦笑もあるでしょう。けれども、福の神の笑いにはそういった邪念はまったくありません。含むところのまったくないまっさらで高らかなその笑いは、一年の間に積もり積もったわだかまりや屈託を吹き飛ばし、新しい年を迎えるにふさわしい清新な状態へ、人の心を浄化させるものです。
 使用される面は「福の神」というこの曲の専用面ですが、「風流」などにも転用されます。少し赤味のかかった顔色は酒で上気した様子を表していますが、下地に鏡の裏などに塗る朱(丹)を隠し塗りし、程よい風合いを出しているところは面打ち師の素晴らしい工夫でしょう。また額には神のしるしである宝珠が刻まれています。
 曲の内容から、年の暮れに上演されることの多い曲ですが、「山本家の『福の神』を見ないと一年が終わらない。」と言って下さる方もおいでになり、私もたいへん好きな曲です。

武悪(ぶあく)   ☆ 大名狂言

武悪とは、ある主人に仕える下人の名前。武悪が近ごろ勤めを怠っているので主人は太郎冠者をやって成敗させようとします。だが朋輩同士、ことに武悪のいさぎよい覚悟のほどを見て太郎冠者はどうしても討つことが出来ず、遠国へ身を隠すことを条件に見のがしてやり、主人にはみごと討ったと復命します。ところが太郎冠者を連れて東山へ行った主人と、清水(きよみず)へ命の助かったお礼参りに来た武悪とが、ばったり顔を合わせてしまいます。さすがに武悪も途方にくれますが、太郎冠者の知恵で幽霊に扮して対面し、主人を煙に巻きます。冒頭から異様なまでの緊張感に溢れた前場と対照的に笑いのうずまく後場、それが狂言としては珍しい一時間近い上演時間の中に巧みに組み合わされています。三人三様の大役で、それもやりすぎると狂言の域を出て芝居になってしまいます。異色の名作です。

清水(しみず)   ☆ 鬼狂言

茶の湯の会の準備のため、野中の清水へ水汲みにやらされた太郎冠者が、客のあるごとにこれではかなわないと、清水に鬼が出たと嘘(うそ)をついて水を汲まずに戻ってきます。不審に思った主人が清水まで行ってみると、なるほど鬼が出ました。実は太郎冠者が先回りして鬼の面をつけて威(おど)したのです。一度は主人も恐れ入るが鬼がいろいろと太郎冠者の贔屓(ひいき)をしたのと、その声が太郎冠者に似ていたことに気づいて、再度清水へ出かけ、またまた鬼に扮して出た太郎冠者の面をはがして追い込みます。

呼声(よびこえ)   ☆ 小名狂言

太郎冠者の無断欠勤に怒った主人は、次郎冠者を供に連れて、太郎冠者の居宅に乗り込みます。調子の良い太郎冠者は様々な手で居留守を使います。これは大名狂言に分類されている『富士松』の類曲で、いわゆる無奉公物であるが、中に「音曲尽し」を取り入れ、たいへんにぎやかな舞台が展開されます。その平家節・小歌節・踊節はいずれも中世初期にかけて流行していたもので、音曲史のうえからも貴重な作品といえるでしょう。無奉公物の中でも、小品ながらよくまとまった、味のある狂言です。

千切木(ちぎりき)   ☆ 女狂言

千切木とは、乳の高さくらいの棒のことです。連歌の会にみなが集まっている時、嫌われ者の太郎がやって来ていろいろと難癖(なんくせ)をつけます。一同が怒ってさんざんに打擲(ちょうちゃく)すると、根が弱虫の太郎はひとたまりもなく恐れ入って逃げ出します。ところが気丈な妻に励まされ千切木を持たされ恥をかかされた仇討をしてこいと言われ、恐る恐る移動の家を次々に訪ねますが、どこも事を荒立てるのを嫌って居留守を使います。太郎は留守と聞いて元気を取り戻し、虚勢を張って棒術を使って見せ、これこそ「いさかい果てての棒千切木」と言って帰っていきます

蚊相撲(かずもう)   ☆ 大名狂言

都に相撲が流行り、この大名も相撲取りを抱えることにする。太郎冠者は主人い命じられ、相撲取りを探しに街道に出た。そこで出合った口の尖った変な風体の男に声をかけると、相撲取りとして抱えて貰いたいと言うので連れて帰る。実はこの男、人の血を吸いたくて、人間に変装した蚊の精なのであった。
 大名は太郎冠者に行司をさせて、自身でこの新参相撲の相手をすることにしたが、口の針に刺されて目を廻してしまう。やがて正体に気付いた大名は、再勝負に際して太郎冠者に扇であおがせて蚊の動きを封じ、嘴(くちばし)を引抜く・・・。蚊はフラフラと退場・・・。

寝音曲(ねおんぎょく)   ☆ 太郎冠者狂言

太郎冠者の謡を聞きたくて主人は彼の言うなりに酒を飲ませ膝枕を貸して謡って貰う。
二曲目には座って謡えというが、それでは声がでないとしぐさで答えるので、再び膝枕を許す。主人はそうっと頭を上げたり、又下げたり、そのたびに声が出たり出なかったり。ところがリズムがひょいと狂って、体を起こした時に声が出るようになってしまった。更に調子にのって、立ち上がり、舞い始め・・・。外国でも上演回数の多い、酒盛りと謡が中心の楽しい曲

朝比奈(あさいな)   ☆ 鬼狂言

娑婆の人々が利口になり、仏道に帰依して極楽へぞろぞろと行ってしまうので、地獄はガラ空きの不況となり、地獄の飢えに困った閻魔大王は自ら六道の辻に立ち、罪人を捕えて地獄に攻め落とそうと待ち構える。 そこへ名にし負う鎌倉武士の朝比奈三郎義秀がやって来たので、閻魔は地獄へ落とそうと責め立てるが、朝比奈はビクともせず、逆に閻魔を手玉にとって投げ飛ばす。驚いた閻魔、相手が朝比奈と知って、和田合戦の様子を語れと所望、応じた朝比奈の手柄話が佳境に入るにつれ、又々、手玉にとられ散々な目に会った閻魔は、ついに朝比奈の七つ道具を持たされた揚句、朝比奈を極楽浄土へと案内するはめになる。

蝸牛(かぎゅう)   ☆ 山伏狂言 「棒縛」の一場面。

蝸牛(かたつむり)を食べると長生きをすると聞いた主人、太郎冠者に蝸牛を取りに行かせる。蝸牛を知らない太郎冠者は「藪にいて頭が黒く、腰に貝をつけ、時には角を出し、大きいのは人ほどもある。」と聞いて出かけたが、藪で昼寝をしている山伏を見てそれかと思い尋ねると、山伏は巾・法螺貝・篠懸を用いて、すっかり蝸牛と思い込ませる。来てくれと頼まれて山伏は「囃子に乗って行ってやる」と、「雨も風も吹かぬに出なかま(出ないと殻)打ち割ろう」と太郎冠者に囃させては二人で浮かれているところへ、主人が探しに来て驚き、あれは山伏だと叱ったり怒ったりするが、「でんでんむしむし」の拍子に憑かれている冠者、囃されるとすぐ自分も囃しては舞い出し、しまいには主人まで巻き込まれ、一緒に浮かれ賑やかに囃して舞い続ける・・・。

末広(すえひろがり)   ☆ 脇狂言

主人に命じられて、末広がりを買いに京に出た太郎冠者。見事に騙されて、売りつけられた傘を手に得意顔で戻ってくる。主人はあきれ、かつ怒り・・・、だが・・・。
 お馴染みの、おおらかで祝言性に富んだ脇狂言の名曲。

附子(ぶす)   ☆ 小名狂言

ケチな主人、大切な砂糖を使用人に盗み食いされまいと「附子」という猛毒だと言って二人に預けて出かける。
 二人は始め、吹いてくる風にさえビクビクしていたが、やがて怖いもの見たさに、風に当たらぬよう煽ぎながら近付き中を見る。旨そうな物なので一人が勇気を出して食べてみると砂糖、二人は夢中になって全部食べてしまう。さて言訳は・・・ 一休さんのとんち話にもある有名な狂言である。

月見座頭(つきみざとう)   ☆ 座頭狂言 「棒縛」の一場面。

名月の冴え渡る洛外の野に出て、虫の音を楽しんでいる座頭に、来あわせた上京の者が声をかけ、持参の酒を酌み交わして意気投合、謡ったり舞ったりした後に上機嫌で二人は別れたのだが、上京の者がふといたずら心を起こして踵を返し、別人を装って座頭を突き倒し、罵声を浴びせて立去る。飛ばされた杖を探し当てた座頭は「今の奴は、最前の人とは大違いで、情けもない奴だな」と孤独を嘆き、ついでにクシャミを一つ。
 狂言の人間洞察の深さに基づく諷刺を示す江戸期の名曲です。

首引(くびひき)   ☆ 鬼狂言

鎮西縁者(為朝)が播磨の印南野で鬼に出会ってしまう。親鬼は美味しそうな鎮西縁者で人間の食い初めをするよう、姫鬼にすすめる。しかし、よい男ぶりに姫鬼は恥じらい、命を助けてやってほしいと言い出す始末。腕押し、脛押しをして姫鬼はすごすご引退ってくる。
親鬼は何とか勝たせたくて、うずうず、首引きには一族総出の号令をかけて挑むが・・・。親鬼も人間並みの親馬鹿で、父と娘の情愛が底に流れている賑やかで楽しい鬼狂言